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「バルセロナとの出会い」

 バルセロナは、ガウディ、ピカソ、ミロ、ダリといった優れた建築家・芸術家を育てた街として知られています。
 が、それだけではありません。19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てられた数多くのモデルニスモ建築が軒を並べ、バルセロナ・オリンピックにあわせて進められた「文化のオリンピック」というプロジェクトにより、たくさんのパブリックアートがあちこちに設置されました。
 まさしくバルセロナは「芸術の街」なのです。

 そんなバルセロナを私が初めて訪れたのは、1979年春のことでした。
 もともと、ダリの作品が好きで、ダリがどんな国で生まれ育ったのか、実際に見てみたいと思っていました。(くわしくは大日本図書から出ている「ダリの国が見たい!」に書いてます)

 そんな私にとって、目的地の一つはダリの生まれ故郷フィゲラス、そしてもう一つは、芸術家たちを次々に輩出した街バルセロナでした。
 ただ、旅立つ前、ガウディについては、多少気持ち悪い建築を作った人だと思いながらも多少は興味がありました。ピカソについては、幼少の頃の作品が展示されているピカソ美術館を見てみたいと思っていました。ダリについては、フィゲラスを訪れ、ダリ劇場美術館を訪れるのが楽しみでした。

 しかし、ミロについては、それほど興味があったわけではありません。むしろ、嫌いと言った方が正解だったかもしれません。せっかくバルセロナまで行くのだから、「そこにあるミロ美術館にも行ってみよう」という程度の気持ちでした。
 さて、実際にバルセロナを訪れてみると……。

 ガウディの作品は圧倒的な存在感で、もっと詳しく調べて見よぅと思うようになりました。ピカソやダリについてはそれなりに満足しましたが、ミロについては、あまり印象が変わることはありませんでした。

 それから10年。
 バルセロナ・オリンピックが近づき、バルセロナの街は至る所で工事中という状態になっていました。初めて訪れた頃に比べると街がどことなくしゃれた感じになり、また、かつては見なかった「ラ・カイシャ」という地元金融機関の看板をあちこちで目にするようになりました。

 その看板に描かれたマークは、青いヒトデのようなかたちに少しゆがんだ黄色と赤のマルを組み合わせたデザインなのですが、地中海に抱かれた街バルセロナにはひじょうにマッチしているように思えました。同時に、人の温もりのようなものがあり、とてもいいデザインだと思いました。そこで、誰の作かと調べてみると、な、なんと、私の嫌いだったミロの作だというではないですか。

 それから、私は手のひらを返したようにミロのファンになってしまいました。私にとって、本当のミロとの出会いは美術館の中ではなく、バルセロナの街角にあったのです。

 パブリックアートをテーマにした本として、バルセロナを取り上げたのは、実際にバルセロナにそれがたくさんあることも理由ですが、私のこのような出会いも大きく関係しています。

注)この原稿は、福音館書店の「あのね」のために書いたものベースに、新たに書きました。